特集シリーズ「今日も元気で」 2024年3月1日 vol.1

ここはみんなの居場所カフェ―「喫茶わかば」にようこそ!―

喫茶わかばではたらく実習生

ドリンクの準備をする実習生の飯島瞬子さん(左)と店長の黒田千遥さん。

「わかば」は、社会ではなかなか働きづらい方が、「実習生」として社会体験を重ねていくためにつくられた小さな喫茶店。昨年秋、新店長を迎えてリニューアルした店内では、メニューも一新。地域の憩いの場所になりつつある。

― 福祉喫茶の誕生

「喫茶わかば」がスタートしたのは、福祉会館が4階に建て替えられた1992年(平成4年)5月。もともとの旧い建物は3階建てでエレベータもなく、入口は北向き、老人福祉センターは地下にあった。当時を知る職員によると、

「新しい館内にぜひ福祉喫茶をつくってほしいと福祉団体から要望があったようです。お隣の府中市や日野市には、すでに福祉作業所などの運営でしょうがいのある方が働くカフェがありましたので」

国立市でも会館入口にカフェスペースを設けることになったが、実際に出来上がってみると、キッチンが狭すぎた…。

「そこで運営は社協が担うことになり、知的、身体、精神しょうがいなどの区別もなし、さらに障害者手帳はないけれど、一般就労がむずかしい方も、みんな受け入れることになった。いろんなしょうがいのある人たちが、2時間から4時間、組み合わせてぐるぐると」

当時のメニューはサンドイッチとトーストに、ピラフがいくつか。飲み物はコーヒーと紅茶にオレンジジュースくらい。お客さんは来ましたか。

「それが驚いたことに昼は毎日満席でした。当時、大学通りにあった東京海上火災の社員さんや近くのNHK学園からも。他にお店がなかったし、コンビニもなかった時代、仕事の合間にほっと一息つきに来てくれてたんですね」

実習生のほうはさまざまで、注文取りをする人、車いすで運ぶ人、ナフキンをスプーンにまく人…、それぞれにできることは違う。

「昼は職員がフルでサポート、大変でした。でも3時を過ぎれば閑古鳥でしたね(笑)」

開店当初から社会福祉事業の条件を満たしていなかったため、収益事業の扱いになったが、それでも実習生に体験を提供する場として「わかば」の模索は続いてきた。

― 新店長はお菓子づくり大好きな人。

喫茶わかばの新しい店長

「カフェには福祉のイメージを超えるいろんな可能性があると思う」と黒田さん。

そして、昨年秋から「わかば」のリニューアル事業が始まる。新店長は、国立育ちの黒田千遥さん(28歳)。パティシエを目指して製菓学校で学んだ「お菓子づくり」のプロ。

「お菓子づくりが好きになったのは小学生のころから。家にある道具でつくったら喜ばれて、それがうれしかったのです」

当時の千遥さんは保健室登校を繰り返して、5年生からはまったく学校に通えなくなっていた。国立市内には、不登校になった子どもたちが通えるフリースペースがいくつかあり、母親のつながりでそこに居場所を見つける。自分がつくったお菓子を持っていくと、そこでもほめてもらえた。

「不登校で苦しかったでしょう、とよく聞かれるけど、そんな風に感じたことはあまりなくて。なんでも自分で決めるのが好きだったこともあるけど、母親にも周りの大人にも、不登校への理解があったからだと思います」

中学は自主性を重んじる校風で知られる私立へ、そして高校は都立のチャレンジ高を選ぶ。「本気でパティシエを目指そう」と決意して、地元の製菓学校に入学。

ところが業界の現場研修が始まると、自分の見通しの甘さに愕然とする。職場は朝7時から夜21時まで、手取りは15万円程度。上司はほとんどが男性で、パワハラも経験した。ごくふつうの町のお菓子屋さんに憧れていた黒田さんにとって、職人の世界は想像以上の厳しさで、トップレベルの技術だけは身に着けたものの、夢見ていた道が途切れてしまう。

― 地元のシェアキッチンに出会う

喫茶わかばにならぶ焼き菓子

カウンターにはほかにも数人のお菓子作家の逸品が。お土産にぜひどうぞ。

ところが、さまざまなアルバイトを続けるなか、ある日偶然「シェアキッチン」という存在を知る。

それは自分のお店は持てなくても、業務用のキッチンをシェアして大好きなお菓子をつくることができる場所。しかも地元・国立市にあるシェアキッチン「おへそキッチン」は、つくった製品を保健所の認可を得て販売もできるという稀有な事業所だった。

こうして自らの屋号、「焼菓子屋QUATREQUARTSカトルカール」を立ち上げて、市内の店やインターネットでの販売を重ねていくと、少しずつ黒田さんのつくる美味しいお菓子のファンが増えていった。

今回、「喫茶わかば」の新店長として白羽の矢がたったのも、その評判と経験をかわれてのこと。カトルカールの活動は週末に続けているが、平日にはわかばの店長として、毎朝美味しいスープを仕込むほか、メニューの管理から実習生のサポートまでを担う。

「社会の中に自分の居場所がないと、味気ない生活になってしまう。ここでは火をつかったり、食べ物を炒めるにおいがしたり、見知らぬお客さんがいたり。実習生にとってはどれも大事な経験だと思います。一緒にお菓子をつくることもできますし」

実際、3年前からわかばで働く実習生のKさん(42歳)は、それまでお皿洗いやコーヒーを淹れるなどの仕事は覚えてきたが、黒田さんがきてから、生まれて初めてお菓子作りに挑戦している。

「最初は疲れたけれど、お菓子作りはとても楽しいです」と話してくれた。

わかばの店頭に並ぶタルトやクロワッサンアマンドにいれるアーモンドクリームは、材料をまぜるのにかなりの力が必要なのだが、今ではほぼKさんに任されている。

「カフェの仕事は多岐にわたるから、実習生のなかには仕事になじむのが難しいひともいます。でも働きながら自分のできること、好きなことを見つけて、いつかさらにはばたいていってほしいですね」(黒田さん)

― みんなの居場所になるように

喫茶わかばでほっとひととき

カフェは人が集まる場所だ。コーヒーを飲んでほっとして、なごんでおしゃべりがはずんで、楽しいことを見つける場所。

暖かい季節には、外にテラスができてオープンカフェになったり、夜間に不登校に悩む保護者が語り合えるカフェになったりするのもいい…。

ちょっと特別なこのカフェがにぎわって、みんなのよりどころになるように。まだどこにもない夢を、みんなで育んでいける場所のひとつになるように。

黒田さんたち職員と実習生のチャレンジは続く。

こちらの特集については、地域で活動されているライターさんにご協力をいただき記事を作成していただきました。


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